【晩酌からの独り言】2章 引き寄せの法則で叶えたもの|少年期

こんばんは、今夜も湯豆腐で晩酌開始。今夜は少年時代に引き寄せたものに関する独り言。

今夜の湯豆腐はブロッコリーはもちろん、アスパラガスと豆苗を加える。野菜は30秒から1分まで湯がく。湯気の中に鮮やかな緑色がコトコトと揺れ食欲をそそる。

ほんまなぁ、毎夜の晩酌に感謝しかない。わたしは一口味わうごとに「ありがとう」を繰り返す。すると、その一口に感謝が膨らむ。湯割りにしても同じこと両手で包み「ありがとう」を繰り返す。

わたしは、これが健康の秘訣だと思っている。なぜならば、「ありがとう」と口にすれば、体にじんわりとしみるような感覚を感じるからなんだ。このじんわりが細胞に元気を与えていると思っている。

それで何かがいきなり変わることはない。ただ、十数年風邪とは無縁となった。感謝の気持ちは健康だけの話ではない。出会いや出来事にも確かに影響していく。

そう言えるのは、感情は隠せないからだ。つくり笑いは、ふとしたときの顔に出る。顔つきが変われば、運の寄ってき方まで変わる。すると、目に映るものも少しずつ変わっていく。そうして最後は、本当の笑顔にたどり着く。

さらに、スパイスを加える。それが「感動」なんだ。心の底から湧き上がる震える振動。これは心を変えるための奥義みたいなものだ。

目次

思い込みの力

わたしは、中卒なんですよ。高校へは一応通った。しかも2つ。笑える話だ。

理由はさておき、その時は思ったねぇ。もう人生は終わったと。

まだ十代だというのに、なんとも早い終わり方である。先が見えていないとこうなる。ただ、何も知らないだけだというのに、この時はそれが分からなかった。

中退後、たこ焼き屋でバイトを始めた。これは面白かった、ころころと回すほど鮮やかな焼き色がたまらなく食欲をそそった。

将来たこ焼き屋を始めようかなと、何度か思った。

ある日、たこ焼き社長が自慢げに言い放つ。

「わしみたいに結婚を、3回すると立派な男になれるんじゃ、3回目の女が幸運を運んでくるんじゃ」

まくお

ほんまですか!

その後も、焼き台の前で、社長は度々どや顔で言い放っては立ち去る。なんとも腹の立つ顔だ。立ち上がるソースの匂いに酔ったのだろうかと思っていた。

ところがある日、社長の3度目の奥さんが店にやってきた。差し入れを持って来てくれたのだ。その笑顔は今でも忘れていない。あの、いのしし社長にどうしてこんな魅力的な人が?

これが、どや顔の答えか!と妙に腑に落ちた。

当時16歳だった、わたしは、その正体を知り、大富豪の助言として素直に受け取った。

今思えば、「結婚を3回すれば立派な男になれる」この言葉が繰り返し耳に入るうちに、思い込みになっていたのかもしれない。あれも一種のアファメーションというやつか?まさか、思い込みが、その流れに乗っていたとは、このときに思うはずもなかった。

社長の助言に従うべし。間違いはないと、思っていたが。間違いだったと今頃気づく。

その理由は、わたしは気が楽でいいのだが、両親や子供の寂しさが伝わってくる。これには申し訳ないとしかいえない。

しかし、まだ答えは出ていない。なぜならば、2回の離婚は成したが3回目の結婚が達成されていないからだ。この結果が出るまでは、流れのままに身を任す、心を崩さぬように。考えぬように。

離れたからこそ手に入れたものもある

もし、離婚がなければ、多くの出会いもなかっただろう。持てなかった知識も、叶わなかった思いも、たぶんない。これほど長く長野に滞在するなど、あの時に思いつきもしない。

そんなことを考えると、全ての出来事には意味があるのだと思う。その時、その時に何を選択して、どう行動をするか。あるいは、何もしないで立ちすくむか。どれが正解かはいまだにわからない。

だけど、一つ言えることがある。感情は意外と先を知っている。辛い。逃げたい。行きたい。会いたい。そういう心の揺れは、思いつきだけではなく、次の場所を指していることが多くあった。

そう思うのは、過去をさかのぼり眺めてみれば、道がつながることが多かったからだ。頭で考えるより胸の感覚で進んだほうが確かな流れになっている。だからわたしは、感情は気分ではなく、人生の羅針盤だと思っている。

もう一つ大事なものがある。それが「運」だ。

以前のわたしなら、運というのは、宝くじやギャンブルで当てることと思っていたが、そうではなかった。

運は、人の出会いもあれば、ふとした閃きであらわれたりもする。

別れの後に心に穴が開くことがある、その時に、絶望を感じるかもしれない。人生の終わりを感じるかもしれない。しかし、その穴が開いたからこそ、そこから顔を出せるものもある。

あの時は辛かった。悲しかった。悔しく後悔もした。人を恨んだこともあったかもしれない。

それでも、そのことがなければ開かなかった穴もある。その穴が開いたからこそ、会えなかった人に会えた。知らなかった知識が増えていく。気づかなかったものが見え始めることもある。あの時のわたしのままなら、たどり着けなかった今がある。

そんなことを思うと、あの出来事は、ほんとうに不運だったのかと、簡単には言えなくなる。

心に傷が残ったなと思ったことも、十年後に思わぬ流れに乗っていたこともある。

失くしたと思っていたことが、別の方向からきていたと気づくこともあった。

これは、運がいいとかわるいとか、そんな単純な話ではないとわたしは思っている。

あの時は、失くしたものばかりを考え心を沈めていた。でも、今思えば、失ったのではなく運の流れを変えるきっかけ、もしくはサインなのだとわたしは思っている。

幸せの黄金法則は思考と感情と運が合わさり、ようやく金になる。一つ欠ければ輝きは鈍る。そこへ四つめの「行動する」を乗せて、やっと黄金になるんだ。

今夜も長くなりました。わたしの酔狂を読んでくださり感謝します。

今夜も豆腐がすだってしまった (;´д`)トホホ

ありがとう ありがとう ありがとう。

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