長岡花火3年連続落選|諦めたら届いた人との縁|晩酌からの独り言

こんばんは、まくおです。

ここんとこ、なんやかんやと忙しく、ブログまで手が届かず。

昼間の仕事を減らしたいのだが、なかなかうまくいかない。まぁ、それなりに面白くやってはいるのだが。

毎日が退屈しないのなら、それも悪くないかと思うことにしている。

そんなことを考えながら、焼酎の湯割りと厚揚げで晩酌開始。

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長岡花火チケット抽選|3年連続ハズレ

今年も、長岡へ花火を見に行くでー!

そう思っていたのだが、抽選結果はハズレ。約10日間あったリセールも当たらない。

今年こそは絶対に当てたいと、友人にも頼んで20口申し込んだ。それでも全滅だった。

これなぁ、申し込む前から、なぜか当たる気がしなかったのよ。2年連続で外れていたら、今年も当たる気がしない。自分でそう思っているのだから、当たるものも当たらない。

第六感とでもいうのだろうか。何とかなる気が消えない。

それを裏付けるかのように、長岡へ向かう道中や、着いてからの景色は次々と浮かんでくるんだ。

日本海を横目に、何十キロも海沿いを走る光景。いつも立ち寄る道の駅の外観。

ウオロクで5時間分のつまみと氷を買う場面。花火会場へ着いたら、タンブラーに氷をぎっしり詰め、酎ハイをゴクゴクと飲む。

炎天下で汗をかきながら、一発目の白菊が打ち上がるのを待つ。

この時期になると、その場にいるような感覚が湧き上がってくるんだ。

わたしは、このルーティーンがたまらなく好きだ。

いつもなら、抽選に落ちればチケットショップで購入していた。

ただ、高額転売されたチケットを買うのは、その転売に手を貸すことにもなる。それなら今年はもう諦めるか。そう思っていたところ、一通のメールが目に留まった。

なんと、抽選に外れ続け、嘆いていたわたしのために、チケットを申し込んでくれた人がいた。

しかも、当選。

そして昨日、そのチケットが届いた。

ありがとう。ありがとう。

ここで、引き寄せという言葉はあまり使いたくないが、違和感のない思いは、ほっといてもそうなる。

今回、チケットが当たる気はしなかった。それなのに心の先に、今年も長岡で花火を見ているわたしがいた。

半ば諦めながらも、どこかで「何とかなる」と思っていたのだ。というより行くつもりでいるのだ。

イメージしたからチケットが手に入った、とは言わない。今回は、一人の読者が実際に動いてくれたからだ。

それでも、思い続けたものが人との縁を通じて現実になることは、間違いなくあるんだ。

あなたの心の中に、いつもあるものは何だろう。

それがどんなものであっても、臨場感を持って思い続けたものは、ふとした縁を通して現実に現れることがある。

寝る前のひと言「今日も楽しい一日だった。ありがとう、ありがとう。感謝します。」
さて、これはなんなのか。
楽しい明日へつなげていく、ささやかな習慣だと、わたしは思っている。

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